2018年6月 理事長通信

合掌

“むしゃくしゃしていた。誰でもよかった”

6月9日、新横浜~小田原間を走行中のJR東海道新幹線車内で乗客の男女三人が次々に刃物で殺傷された衝撃的な事件の全容が徐々に明らかにされていくにつれ、何とも言いようのない暗澹とした気持ちにさせられてしまいました。1964年の開業以来、東海道新幹線では年間12万本が運転されているにもかかわらず事業者側責任による乗客等の死亡事故は1件もなく、現在に至るまで「新幹線の安全神話」として語り継がれているわけですが、今回発生した事件のように乗客が普通に市販されている道具(刃物)を凶器として用い、自らの勝手な言い分で無差別殺人犯へと豹変することまでは当然想定されていないでしょうし、まして犯人の心の暗闇までは到底うかがい知ることは不可能であることを考えると、残念ですが防ぎようのない事件と言わざるを得ないようにも思ってしまいます。古来、優れた倫理観・道徳観を持つ国民性によって社会の仕組みが“性善説”で成り立っているこの国においてはなおさらです。

遡ると2001年6月8日に発生した「大阪教育大付属池田小(小学生無差別殺人)事件」から17年、2008年6月8日に発生した「秋葉原無差別殺傷事件」からは10年が経過しましたが、何の関係もない人がある日突然理不尽に命を奪われてしまう事件・事故がこの間様々な形態ながら後を絶ちません。物理的な対策をもってしても防ぐことができないことに対して私たちには何が対策として残されているのでしょう。ある高僧の講演録の中にこんなくだりがあります。「人間は、いや、生きものは全て最先端の『残り時間ゼロ』という究極の現実の命を生きている」と。生死はすべてギリギリの現実であり、避けようも択びようもない事実であるということです。だからこそ私たちは与えられた今ある「いのち」の最後の一滴まで生ききる努力を続けていかなければなりません。

“嘘つきは泥棒の始まり”

「平気で嘘をつくようになると盗みも平気でするようになる。嘘をつくのは悪の道に入る第一歩である」というのがこの警句の根拠とされますが、公文書管理や情報公開という行政上の車の両輪と言われるものが二つとも政府によってないがしろにされました。1年以上にわたって政治を揺るがしてきた「森友・加計問題」、当事者の一つである財務省の調査報告書の公表という形で一方的に“一定の節目を終えた”とされましたが国民のほとんどが納得できていないこの問題をこれで幕引きとする政府に対してもやはり言いようのない暗澹とした気持ちにさせられてしまいます。自分のためになるなら善悪構わず何でもやる、自分さえよければ何をやっても構わないという考え方が前述の“無差別殺傷事件”とどこかで共通しているような気がしています。そしてさらに、悪質タックルが注目された日大アメフト部の一連の顛末。まったく関連性がないはずの事案がどうしても相似形に映ってしまいます。

“この国はいつからこんな風になってしまったのでしょうか?”

明らかに責任を問われるべき政治家が誰も責任をとらない。嘘が常態化している。政治道徳の堕落や世界的なモラルの低下等々。開祖は「良いことは良い、悪いことは悪い」と言える勇気と見識を持つことを少林寺拳法の修行を通して私たちに求められました。『人、人、人、すべては人の質にあり』の原点に立ち返り、私たちはまずは身近な環境から変えていく努力を続けていかなければなりません。まさに「私たちはどう生きるか」が問われています。

 

※少林寺拳法“グループ愛知”ポータルサイト構築計画に伴い以下のサイトが立上っています。

 (愛知県連盟サイト:https://shorinji-aichi.jp/wp/kenrenにて紹介)

  ■11支部サイト掲載(スポーツ少年団・大学・実業団)

(愛知県教区サイト:https://shorinji-aichi.jp/wp/kyoukuにて紹介)

   ■54道院サイト掲載

再拝

2018 年 6月 15日

愛知県連盟理事長  多月 文博




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