道院長(指導者)について
各地の道院では、金剛禅総本山少林寺によって指導者として正式に認められた道院長が、責任を持って道院運営・門信徒育成を行っています。
金剛禅宗門は教えを現代社会に生かすための道であるため、道院長は本職を別に定めたうえで、社会との関わりを持ちながら「自己と他人の成長、そして金剛禅を縁とした人間関係」を最大の喜びとして無償で指導に当たっています。
道院長紹介
道院長 奥谷 成弘
大導師 准範士 六段
大導師 准範士 六段
少林寺拳法って本当に強いの?試合がないんでしょ?40年ほど前私が思っていたことです。皆さんもそんなこと思っていませんか?でも強くなりたい。
そんな疑問を持ちつつ、友人の勧めで入門したのが34年前です。
それから修行に入り突いたり蹴ったり、逆技で痛い思いをしたり、道院長の法話を聞いたり、先輩から少林寺拳法のことを聞いたりしていくうちに、強くなりたい気持ちは変わりませんが、それが目的ではないことが解かると、また違った楽しみと使命感が芽生え、少林寺拳法の素晴らしさをひしひしと感じられるようになりました。
でも安心してください、強くなりますよ!
「半ばは自分の幸せを、半ばは他人の幸せを」この理念を基に少林寺拳法の修行をする
わけで。まず自分が強くなり、その強さを持って人を助けることができるようになろう、ということです。名東道院では必ず法話を行い、特に子供たちに向けてこの話をします。
時々、喧嘩の時には少林寺拳法を使ってはいけませんよ、なんていうことを聞きます。
私は、喧嘩の時に少林寺拳法を使わなかったら何時使うんだ?そのためにやってるんだろう。なんて言うと、不審な顔をします。しかし条件があります、それは、正義のための喧嘩に使うんだよ、ということです。すると正義とは何かを勉強し考えることができます。それが法話なのです。
力なき愛をは無力であり、愛無き力は暴力なのです。気は優しくて力持ち、こんな人間になろうじゃありませんか。
名東道院 道院長 奥谷成弘
そんな疑問を持ちつつ、友人の勧めで入門したのが34年前です。
それから修行に入り突いたり蹴ったり、逆技で痛い思いをしたり、道院長の法話を聞いたり、先輩から少林寺拳法のことを聞いたりしていくうちに、強くなりたい気持ちは変わりませんが、それが目的ではないことが解かると、また違った楽しみと使命感が芽生え、少林寺拳法の素晴らしさをひしひしと感じられるようになりました。
でも安心してください、強くなりますよ!
「半ばは自分の幸せを、半ばは他人の幸せを」この理念を基に少林寺拳法の修行をする
わけで。まず自分が強くなり、その強さを持って人を助けることができるようになろう、ということです。名東道院では必ず法話を行い、特に子供たちに向けてこの話をします。
時々、喧嘩の時には少林寺拳法を使ってはいけませんよ、なんていうことを聞きます。
私は、喧嘩の時に少林寺拳法を使わなかったら何時使うんだ?そのためにやってるんだろう。なんて言うと、不審な顔をします。しかし条件があります、それは、正義のための喧嘩に使うんだよ、ということです。すると正義とは何かを勉強し考えることができます。それが法話なのです。
力なき愛をは無力であり、愛無き力は暴力なのです。気は優しくて力持ち、こんな人間になろうじゃありませんか。
名東道院 道院長 奥谷成弘