全国大会論文の部(19歳以上) 最優秀論文原稿 | 名法道院

全国大会論文の部(19歳以上) 最優秀論文原稿

テーマ  この時代に少林寺拳法をどう活かしていくか

所属名   名法道院拳友会   

氏 名   武藤 恵一     

武 階   正拳士五段

年 齢   六十六歳

性 別   男


   私はこの数年、子どもたちの練習時間の最後に絵本の読み聞かせをさせていただいています。少林寺拳法の教えを交えながら絵本に親しませるうち、私も素晴らしいものを得ていることに気づきました。それは、子どもたちが目を輝かせながら主体的に取り組む時に見せるキラキラした笑顔です。私にとってそれは、まぶしくかけがえのないものです。

しかし、翻って世界に目を向けたとき、笑顔どころか理不尽に命まで奪われる子供たちのなんと多いことでしょうか。牙をむく暴力や飢餓は常に弱い者を犠牲にしていきます。一方で平和と飽食を当たり前と感じ、一方では今日食べる物もなく、生きる権利すら奪われる世界。この厳しい現実を生きる私たちの時代。戦争だけでなく年ごとに激甚化する災害も含めて、ニュース映像で見る現実は、けっして他人事ではありません。その中で拳士である私に何ができるでしょうか。ニュース映像を見ながら私は、ただ心を痛め、祈ることしかできないのでした。

 そんな中、少林寺拳法は現実にとって無力ではないと気づいたことがありました。それは、能登半島地震の復興ボランティアに三度参加した経験の中で考えたことです。

地震発災の半年前、私はバイクで能登半島を一周しました。その時、海に囲まれた能登の自然や人間の豊かさに感動したのです。しかし、年が明けて能登を大地震が襲い、その爪痕の深さを映像で見た私は衝撃を受けました。あの美しい海岸線の変貌、集落を結ぶライフラインとなる道路は波打ちひび割れ、言葉にならない状況です。能登の人々のこれからの生活を思うとき、胸がしめつけられる思いがしました。何か自分にもできることはないかと問い続けるうち、友人から誘われ、愛知県ボランティアセンターの活動に参加することになりました。はじめは、その時安全に入る限界だった、半島半ばの能登島で、半壊した家屋から壊れた家具等を運び出す作業をしました。粉々になったガラスを踏みながら家具を運び出しているとき「これはゴミではない。被災者にとっては大事な思い出だ。」という代表の言葉を胸に刻みながら作業しました。その中に、幼い子供が描いたお絵描き帖があり、私にはどうしても廃棄することができず、そこに住まわれていた方の手に届くようにお願いしてきました。一月ほどして参加した二回目のボランティアでは、仮設住宅に入られた方々の孤立を防ぐ一助として、コミュニティ作りのランチ会を催しました。一軒ずつ回って、ひきこもりがちなお年寄りを説得して連れ出しお話をうかがううち、すさまじい体験談を語りながら、それでも笑顔で明るく振舞おうとされる姿が印象的でした。

三回目は9月に起きた能登豪雨の後、奥能登先端の珠洲市に行き、側溝にたまった土砂の撤去作業をしました。土砂の入った重い土嚢を運びながら私の脳裏に浮かんだのは、道訓の一節にある「人の難を救い、急を援け」という言葉でした。そうだ、これが私にとっての金剛禅なのだと心にすとんと納得できるものがありました。もちろん時折訪れて限られた時間の中でできることはしれています。それでも、微々たる力であっても、そのことを胸に刻んで活動することは、少林寺拳法の立派な活かし方であると考えたのでした。

道場での子どもたちの笑顔も、仮設住宅のお年寄りたちの笑顔も、私にとっては同じ輝きに見えます。そう考えれば、被災地が私の道場で、そこで少しでも力になることが私の金剛禅の実践だと胸を張って言えます。少林寺拳法を時代のために活かすこと。それは、拳士一人一人の多様な実践にかかっているのだと思います。昨年の活動を受けて、私は防災士になりました。災害は避けることはできないけれど、人のためにできることを、これからも見つけていこうと思います。


 

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