学生時代に少林寺拳法を修行していました。
社会人になってから、近隣に道院があることを知り通い、そこでの人間関係に多々教えていただくことがありました。
そんなある日、自分の通っている地域から多数の転籍が私の通っている道院へ有り、そこの道院幹部のの方々から話を受け、道院の開設となりました。
生まれ持った特殊能力を身につけた者しかできないというものではなく、修行を行えば、誰でも上に上がっていかれるということ。
ただし、このことは、年月が経れば、自然と上に上がるというのではなく、頑張った分だけ、上に上がれるということです。
自分の可能性を発見し、自他ともに認められる道院
自分の可能性発見に重点をおき指導をしています。
道院では、緊張のあまり○○ができないということがないよう、和気あいあいの雰囲気で行っています。
うちの道院長は、大会で上位成績を奪るということには、縁がないですね。
上位成績を奪ることは、奪れないことより良いに決まっています。
ただ、そんなことには、ちっともこだわっていません。こんなことが以前ありました。1人の子の親が、修学旅行の帰ってくる日だから疲れていて練習に参加できないと言ってきたんです。団体演武ですから、その子のパーツは、抜けちゃうわけですが・・・。みんなが、一所懸命にやってきたというのに、えらく嘆いていたことことを覚えています。
技術以上に、相手を思いやる気持ちが全然身についていなかったということに落胆していました。
技術以上に必要な事は私もそう思います。