道院通信9月号

   

合掌

 予想通り緊急事態宣言(当初期間8/27~9/12)が9/30まで延長されます。“まん延防止・・・”から“緊急事態宣言・・・”、そして“期間延長”と、この二年間当たり前のようにこのパターンが繰り返されています。曲がりなりにもワクチン接種が進んではいますが集団免疫が形成されるには程遠く、というか変異ウイルス・デルタ株の出現でもはや期待薄とか・・・。長引く感染拡大に医療体制の逼迫はとっくに限界を超えた状況が続いており、最前線で感染者を捌いてきた保健所も長期間に及ぶオーバーフロー状態と、依然として災害時の状況が続いています。道院内には一斉送信にて緊急事態宣言発令中の稽古について先日お知らせしていますが、今月末までの宣言の延長が決定されたと同時に総合体育館の休館も延長となりました。この間、全国中学生大会(九州・久留米アリーナ)は集中豪雨によって当日急遽中止が決定され、10月10日開催予定だった全国大会in Tokyoも既に中止が発表されています。県内行事についても毎月の昇格考試や武専をはじめいくつかの講習会や、11月28日に春日井市総合体育館で予定していた小中学生対象の「少年少女錬成大会」の中止も先日決断してお知らせしたところです。ウイルス自体は通常の生活の中では可視化できないためひたすら“密”を避けてマスクの着用や手指消毒等の自己防衛に努めるしか対応策はなく、当初の特性からどんどん変異いていくことからどうしても“もぐら叩き”“イタチごっこ”の対応にならざるを得ないのが実情です。未知なるがゆえにその対策には後手から先手への転換が強く求められるところですが、様々な条件や要素と共につまるところは国のリーダーの決断力、的確な判断が大きく左右するのではないでしょうか。先の大戦後の混乱期に少林寺拳法が創始されたその動機と目的は私たちの修行の原点となりますが、「人、人、人、全ては人の質にあり」と喝破された開祖の教えは時代が変わっても決して時代錯誤となるものではありません。差別や分断があふれる世界の現状に照らしてもそれは真実です。今、コロナ対応を巡っては感染対策の有効性を高めるために民主主義か専制主義かの議論までなされています。下手をすれば作為的に結論を誘導してまでも“ロックダウン(都市封鎖)”による感染防止対策の効果、有用性、人権の制約や徹底した行動制限によって感染拡大を封じ込めようという手段の正当性までアピールされています。危機感を煽って国の形まで変えようとする政治家もいて、秋に予定されている衆院選挙でも争点にあげられるかもしれません。少なくともこのところの中・ロや中東の紛争地域に見られる報道・記事からは国を危うくする発想が感じられてなりません。

 さて、修練場所の使用がままならない状況では道院での稽古を工夫するしかありませんが、スペース的にどうしても“密”を避ける環境を作り出すことができません。感染率の高いΔ(デルタ)株への置き換わりだけでなくη(イータ)株やκ(カッパ)株へと変化は止まりません。小中学生への感染リスクや重症化リスクも高まり市中感染が当たり前の状況となっては残念ですが今しばらく稽古を自粛するしかありません。“当たり前が当たり前でなくなった”時に思うことは“当たり前”を大切にすることです。自分の周りにある“当たり前”なことはなかなか気が付きません。“当たり前”を見つけて感謝すると共に少しでも自分を変えるきっかけにするという考え方は釈迦の伝えた仏教、私たちが大切にしている金剛禅の教えに繋がるところです。こんな時だからこそ、易筋行(技の習得)が全ての修行ではない修練に取り組まなければなりません。

  

2021/9/12 道院長

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