6月27日(土)の修練。

本日も、泉田市民館での修練。茹だる様な暑さの中、鍛錬に励みます。

まだ梅雨の季節ながら、気温と蒸し暑さによる不快指数は、グングン上がって行きます。今日はまだ、曇り空であり風も吹いていたのでマシでしたが、皆マスクの下の汗を頻繁に拭きながらの修練となりました。来週からは7月に入りますので、そろそろ冷房の季節かなとも思いますが、コロナウイルスへの感染防止にも留意しつつ、無意味な苦行・苦役に成らない様に、気を付けたいところです。

地区での合同昇級試験は、9月以降まで実施されない流れですので、3月に引き続き、7月末に単独開催での昇級試験を予定しています。本来は全ての級で、他所の先生に審査して頂ければと考えていますが、2月の時点で、5月に初の昇級試験をと考えていたY君の少年八級と、4月・5月の「自学自習」の時期を、最も熱心に取り組んで来たH君の少年六級は、事前に済ませておこうと思います。

試験が近付くと、その内容に則した修練が中心になりますが、特に序盤の級の科目は、全ての人にとって有意義な基礎の習熟がメインと成ります。しっかりと、「底上げ」をしていきたいですね。

今日は、今年度初となりますが、年3回の割り当ての有る「泉田会館」の清掃を行いました。本来は3回ですが、折角なので3ヶ月に1度の年4回を予定しておいて、皆に活躍して貰おうと考えています。また「学科・法話の時間」では、「作務」のページを読み、ただ「掃除をすれば良い」に成らずに、「自分の心を綺麗にするんだ」と意識して行う様に、伝えました。身体の使い方と同様、その人が何を目指して、どう意識して行動するか。また、時間に遅れずに参座した人だけが作務を行い、遅れた人は何もしない状況が起きますが、社会にもそんな不条理は必ず存在します。そんな時、「自分だけやるのは馬鹿馬鹿しい」と手を抜くのか。それとも、不公平感を抱きながらも、自分の出来る精一杯をやるのか。それらによって、その人の人生は決まるでしょう。そんな話をしましたが、何を汲み取ってくれたでしょうか。

鎮魂行後に、Mちゃん姉妹も参座してくれたので、暫しNさんにお任せして、全員で六級科目の復習を行い、ホールの後方でY君と少しお話を。先週、昇級試験に対する学科宿題をY君に説明したのですが、帯の色が変わる試験の時には、保護者の方に「少林寺拳法に入門させて、我が子に対して想う事」という一文をしたためて頂いています。その事をお父さんに説明出来ないY君の代わりに、私が説明をしたのですが、その間Y君は「車に行ってて良い?」とお父さんに聞き、車の中で野球の試合を見ていました。今日Y君を、「あなたにやって欲しい事が有るんだけど」と呼び、「自分の受ける昇級試験の事で、大人の人が二人、時間を使ってたんだけど、その間あなたは車の中で野球を観ていた。これ、どう思う?」、「これからは自分の為に他人が何かをしてくれている時は、何かが出来る訳ではなくても、その場にいて、何か出来る事を探す。或いは、次の機会には出来る様に成る為に、他の人がどんな行動をしているか見ておく様に」と伝えました。自分の「不備」を伝えられる事への「痛み」の強いY君は、若干涙目になっていましたが、「やってくれるか?」と聞くと、「はい!」と返事をし、「じゃあ、頑張ろう!」と肩を叩き背中を向けると、自分から練習している一団に近付き、同じ内容を動こうとしていました。

そんなこんなを経て、泉田会館の清掃に取り掛かると、そこはやはり小学生。全ての人間が万全の働きをしてくれる訳ではないですが、総じて取り組み方の意識は挙がっていました。協力して手早く且つ全体をしっかり綺麗にした上で、市民館に戻り、10分程易筋行を続けましたが、そちらも万全ではないものの、意欲的な取り組みと、少しでも意識をしようと言う佇まいが見て取れます。

万全の結果なんて、そもそも人間には望めないもの。「やろう!」としてくれている人の、取り組みや在り方を支えてこその「社会貢献」なのだなと再認識して、修練を切り上げました。

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